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2013年4月

2013年4月29日 (月)

海上タクシー

Photo_2 瀬戸内海には「海上タクシー」なる乗り物がある。

タクシーではあるが、陸に戻るのが面倒になった海水浴客が、「へい。タクシー」と右手を上げ、止め、そして乗り込む・・・そういう代物ではない。

島と本土、あるいは島と島を結ぶ定期船は便数が限られていたり、路線が設定されていなかったりすることから、これを補うのが、海上タクシーである。

だからPhoto_3、港に行って、定期船がなく、海上タクシーを使おうと思った時には、携帯電話で船主に電話をかける。

粟島からの帰り道。
城山を降りてきて、海沿いの道にぶつかったあたりで、私たちは「いたくらタクシー」に電話をかけた。

「すぐに行く」との応答。
そして、電話を切って3秒後・・・

目の前の家からおじさんが出てきた。
おじさんの家の隣が船着場。

船は高速仕様である。

皆が乗り込むと、メーターを倒す・・・
ってことはない。料金は定額制。
詫間(須田)の港なら、4名まで2千円。あとは1名増えるごとに5百円である。
定期船が320円だから、お得感あり(但し、香川県ではここの海上タクシーだけが格安)。

Photo_4 船は瞬く間に粟島を離れていく。
私はアッパーデッキに乗ったが、
今日は海が荒れており、よく揺れる。
まるでディズニーシーのアトラクションである。

詫間まで10分の船旅。

2013年4月28日 (日)

瀬戸内海の絶景ポイント・・・粟島

瀬戸内海の多島美を堪能Photoできる島、粟島が今年の目的地だ。

高松空港に降り立った私たちは、昨年同様、「がもううどん」で存分に腹拵えし、県西部の詫間に向かった。

Photo_2

粟島はいまでこそ人口約3百人の島であるが、かつては北前船の寄港地として栄え、また明治時代には日本最古の海員養成学校が設立された島でもある。上を見ると、まるでスクリューのようなかたちをしている。

ナビが遠回りの道を指定したおかげで、詫間港に滑り込んだのはフェリー出航1分前。船員に声をかけ、切符をまとめ買いし、すぐに出航だ。強い風により、瀬戸内海らしくない波が立ち、船は揺れる。

Photo_3 Photo_4 粟島の港からほどないところに海員養成学校があった。昔、校舎として使われていた建物は、海洋記念館として開放されている。現在でも研修施設として使われているようであるが、建物の一部には、北前船で栄えた頃の島の様子や船に関する各種資料が、ひっそりと置かれていた。


Go 港から海に沿って伸びる道を、海員養成学校のところで右に曲がると、城山(じょうのやま)に向かう登山道。徒歩30分、高さ222mの城山頂上からは、360度瀬戸内海の多島美を眺めることができる。われわれのほかに誰もいない。

天気が良ければ青い海に島影が映えるであろうし、秋ならば色づく木々とのコントラストが素晴らしいに違いない。

今日はあいにくの曇天。しかしまるで墨絵のような島影は、東京では決して得られない風景だ。心が和む。下山の際にようやく人と出会った。秋にはここも瀬戸内国際芸術祭の会場となる。きっと多くの人が訪れることだろう。

Photo_7

2013年4月24日 (水)

今年も里帰り。。。空の上から

今年もこの季節、香Photo_3川にやってきた。
今回は朝5時起きでリムジンバスに乗り、羽田空港発7時20分のNH531便。

飛行機は姫路を過ぎたあたりで左に航路を取り、瀬戸内海へ。いつもは小豆島を右手に見て、四国に入り、志度のあたりで右に軽く振って、そのまま滑走路に進入するが、今回は小豆島の真上を飛んで、高松市上空で右に振り、少し行き過ぎてから左180°旋回して、逆方向から高松空港にランディングした。

それにしても高度を下げながら、ターンして、きちんと滑走路の延長線上に機体をもってくるのはさすがだ。以前、南紀白浜空港にあった無料のシミュレーターでトライしてみたことがあるが、滑走路なんかどこかに行ってしまった。

さて、高松空港にはあの787が駐機されていた(写真撮りそこねた)。
バッテリーが火を吹き、緊急着陸してから、ずっと停まっているらしPhoto_4い。

さて、ここはさぬきの国、香川県。
恒例の春の「里帰り」である。

今回は春の瀬戸内国際芸術祭の期間であるが、敢えてこの季節は会場になっていない西の島に行ってみる。


2013年4月14日 (日)

淡路島・・・伊弉諾神社とおのころ島神社

Cimg1174_2 3月。淡路島に行った。
淡路は「阿波の路」であって、四国・阿波の国の入口と聞いたことがあるが、記紀には最初にできた国として、「淡路」と書かれており、「阿波の路」とは俗説のようである。

さて、今回の目的は、日本最古の神社と言われる伊弉諾神社。文字通り、イザナギCimg1187とイザナミを祀る神社である。神社のHPには、記紀の冒頭にこの神社の創祀が書かれていること、②この場所は伊弉諾大神が天照大神に大権を譲った後の「幽宮」であったこと、③伊弉諾大神はこの場所で亡くなり、ここで祀られたこと、④明治以前は、神陵の前方に本殿があったが、明治初年の国費の造営で神陵の真上に本殿を建立したこと、が書いてある。 

伊弉諾を怨霊とみる立場からは、こここそが伊弉諾が幽閉された地であり(確かにHPには禁足の地と書いてある)、その死後はこれを丁寧に祀ることで怨霊封じをしたということになる。明治の初めに神陵の真上に本殿を置いたのは、まさにその霊を封じCimg1196こめた・・・ということだそうだ。

境内では、小春日和に結婚式の準備が進んでいた。
今日新たに夫婦になられる2人と親族が集まってきていた。

厳かな中に雅楽が流れる。
残念ながら録音ではあるが・・・。




続いておのころ島神社に向かう。Cimg1210
伊弉諾も読めない漢字ではあるが、
自擬と書いて、おのころは無理である。
神社のHPも平仮名だ。

この神社の鳥居は高さ21m。日本一とあるが、熊野は33m、三輪明神は32mなので、そこまでではない。しかし大きいことは確かである。


境内は伊弉諾神宮と比Cimg1214べ、狭い。

しかし、なんといってもここの特徴は、遠くからみると平野の中にこんもりとした森があって、敷地全体がまるで島のように見えること

そして、その島の周りはぐるっと堀に囲まれている。
まるで結界のようでもある。Cimg1223_2

堀にかかる橋に五十鈴川とあった。
伊勢神宮を流れる川の名前と同じである。

そういえば、伊弉諾神宮の真東に同じ皇室祖先神を祀る伊勢神宮があるという。

日本史の深い謎を感じる。

PS

この地域、今朝大きな地震に見舞われたとのこと。被害のないことを祈ります。

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